2011年09月30日

「気合」は痛みを凌駕するA

なぜ「気持ちを強く持つ」と良いのか?

それは同じ過酷な状況でも、感じ方が、「辛い」から「キツいけどイケる」若しくは「何でも来い」くらいに変わるから。

例えば、大きな岩山があったとする。その中心部に金塊が埋もれている確かな情報を得た。

貴方は徹夜で全力でその岩山をハンマーで粉砕し、金塊に辿り着く。

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極限まで体を全力で使い果たすだろう。息もゼイゼイに上がるだろう。汗も大量。筋肉はパンパン。

でもその時に「辛い・・・」って思うだろうか?

いや、思わない。

自らの超強力なる意思と希望で全力で岩山を粉砕しに掛かっているからだ。

「辛い」なんて気持ちを忘れている。

「確かにキツいっちゃ、キツいけど、まだまだイケる。やるしかない!絶対に金塊を得る!」

岩山を粉砕し終わり金塊にたどり着くまで、休憩を挟むかもしれないが、エネルギーは決して尽きることを知らない。

自ら求めて困難に立ち向かう時、人は、「辛い」とは思わないし、感じない。

無我夢中で攻めるだけ。

そして、「強い気持ち」を持つ事で困難を乗り切れるだけのエネルギーが不思議と与えられる。

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もしこの岩山が大ヒット漫画(アニメ)の「カイジ」などのような強制労働の現場で現場監督にムチを持って嫌々徹夜で金塊に辿りつくまで、ハンマーで粉砕作業しなければならないとなうとどうだろう?

誰だって「辛い」し、「逃げ出したい」に決まっている。

でも百歩譲って、この岩山がそのカイジの強制労働の現場だったとして、貴方はこう思う。

「しょうがない。やるしかない・・そうだ・・本気でやればそれはそれは強靭な肉体が手に入れる事ができるだろう・・体を鍛えるのだ・・よし、全力で鍛えよう!」

と思う。

するとこの強制労働の中でさえも、活路を見出し、自ら求めて困難に立ち向かう為、すでに「強制労働」ではなくなっており、「辛い」なんてことは感じなくなるだろう。たとえ、「過酷」で「キツい」という事実は変わらないとしても。

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「辛いよ・・逃げ出したいよ・・」って思いながら何かと闘うって最高に辛いよね・・

「気持ち」さえ強く持てば精神的にも、肉体的にも全然変わってくるから不思議だよね。

一度、その時に「気合」で「体」と「気持ち」を奮い立たせて沸騰させればその後は常に全力出さなくてもいい。その流れで突破できる。

瞬時に覚悟を決め、腰に力を入れる。

その後は厳しさが5レベルとしたら8レベルくらいの「気持ち」で乗り切れる。

一度、思いっきり奮い立たせよう!




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posted by スティーブ高宮 at 17:28| 強い精神を得る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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